OsidOri(オシドリ)。 そのネーミングからして、日だまりの中で互いの羽を繕い合うような、多幸感あふれる夫婦をターゲットにしていることは明白だ。公式HPを開けば、そこには「二人で描く未来」だの「協力して貯金」だのといった、眩しすぎて直視できない言葉が躍っている。
翻って、我が家のリビングはどうだろうか。そこは、常に氷点下の空気が支配する「家庭内シベリア」だ。 会話は「ゴミ」「メシ」「了解」の三単語で構成される事務連絡のみ。視線が合えば、どちらからともなく火花が散り、お互いの背後にはスタンド能力でも発現しているのではないかというほどの重圧が立ち込める。
そんな氷河期真っ只中の我々が、この「愛のインフラ」を導入したら一体どうなるのか?
「仲が良くないからこそ、感情を排したデジタルな数字で繋がる必要があるのではないか」そんな、ノーベル平和賞でも狙っているかのような高潔な言い訳を胸に、私は震える手で妻に招待LINEを送った。それは、一組の男女による「愛の再構築」などという生易しいものではない。テクノロジーが「絶望的な不和」をどこまでハックできるのかという、あまりにシュールな社会実験の幕開けだった。
「家族」という名の無人島と、要塞化した「個人」タブ
ここでOsidOriというアプリの構造を、少しだけ説明しておかなければならない。このアプリには「個人ページ」と「家族ページ」という二つの顔がある。 「個人ページ」は、自分だけの口座やカードを管理する、誰にも踏み込ませない聖域だ。対する「家族ページ」は、お互いが「これは二人の分ね」と選んだ明細だけが並ぶ共有の広場。つまり、自分の財布の中から何を見せて、何を隠すかは、本人の指先一つに委ねられている
設定を終えた直後、私の目に飛び込んできた光景は、もはや芸術的なまでの「虚無」だった。 本来なら、夫婦の合算資産が華やかに表示され、「よーし、これから二人で頑張るぞ!」とシャンパンでも開けたくなるはずの家族ホーム画面。
しかし、そこに広がっていたのは、ペンペン草一本生えない無人島だった。
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お互いに銀行口座を紐付けた。クレジットカードも連携した。準備は万端だ。だというのに、画面上の残高は、不気味なほど正確に「0円」を示し続けている。
理由は明白だ。二人とも、自分の資産を家族ページに飛ばす「共有ボタン」を押す勇気が、微塵もないのだ。
共有ボタン。それは我が家において、核兵器の起動スイッチと同義だった。一度押せば、自分の隠し財産が白日の下にさらされる。私はスマホを握りしめ、冷や汗を流しながら「……まずは君から押してくれないか」と喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
対照的に、それぞれの「個人」タブは、目を疑うほどの活気に満ちていた。
そこには相手に一円たりとも知られたくない秘密の貯蓄や、パートナーへの当てつけのように趣味へ全振りされた支出が、まるで難攻不落の要塞のようにびっしりと並んでいる。OsidOriの最大の特徴である「個人と家族の切り替え機能」が、我が家では「相手を徹底的に排除したプライベート領域の死守」という、開発者の意図とは真逆の方向でフル活用されていた。
夢の貯金箱が、「ソロ活動」への転向準備金に変わるまで
少しでもこの凍てついた空気を和らげようと、私はOsidOriの目玉機能の一つである「目標貯金機能」に手を伸ばした。
「二人で目標を決めて、それに向かってコツコツ貯める」。なんと美しい響きだろうか。私は歩み寄りの印として、震える指で『結婚10周年記念旅行』という目標を作成した。 設定金額は、それなりのラグジュアリーなホテルに泊まれる額だ。あわよくば、これで氷河期が解け、二人の間に春が訪れるのではないか。私は一縷の望みをかけ、共有通知を妻に飛ばした。
しかし、その淡い期待は、わずか三分後に粉々に打ち砕かれることになる。
私のスマホが、地獄からの着信音のようなバイブ音を立てた。妻が新しい目標を追加したのだ。画面を恐る恐る覗き込むと、そこには暴力的なまでに力強いフォントでこう刻まれていた。
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『私だけの老後資金(お前は対象外)』

……衝撃だった。
歩み寄りの「旅行」に対し、返ってきたのは「完全なる単独行動」への備え。
さらに追い打ちをかけるように、デフォルト設定では「手を繋ぐ老夫婦」だった目標アイコンが、いつの間にか「燃え盛る炎」に変更されているではないか。
目標貯金とは、二人で未来の夢を語り合う場所ではなかったのか。私が見せられていたのは、幸せな旅のしおりなどではなく、「『ソロ活動』へ華麗に転向するための準備金」の積立状況だったのだ。燃え盛る炎のアイコンが、私の微かな希望をキャンプファイヤーのように景気よく焼き尽くしていく。もはや笑うしかない。このアプリ、絶望を「数値」で見せる能力が、あまりに高すぎる。
家族ページに並ぶ「無言の銃弾」
OsidOriの真骨頂は、支出明細を「自分用」か「家族用」かに指一本で振り分ける機能にある。そして、家族ページに放り込まれた明細の「支払元(誰の負担か)」を自由に指定できる点だ。通常なら「これは二人の食費だね」と微笑ましく仕分けが行われるはずのこの機能が、我が家では責任のなすりつけ合いという戦場へと変貌した。
トイレットペーパー。洗剤。柔軟剤。「家族」の生活を維持するために必要な支出たちが、共有の履歴に次々と投げ込まれてくる。 妻の画面から共有の家族ページへと放り込まれてくるそれらの明細には、一文字も打たれていない。
だが、支払元がすべて「夫(私)」に設定されている。
その履歴には、明確な殺意――いや、鋼の意志が宿っていた。
「これ、おまえな」

履歴を更新するたび、支払者の欄に私の名前がズラリと並んでいく。それはもはや家計簿ではなく、スマホを介した「無言の督促状」の山だ。システムが合理的であればあるほど、その「正論(という名の暴力)」が刃となって突き刺さる。
極めつけは、私が使った覚えのない「女性用超高級美容液」の明細までもが、しれっと『家族の支出』に混ざり、支払元が『夫』にロックされていたことだ。
リビングの対角線上で無言でスマホを操る彼女の冷徹な眼差しに射抜かれ、私は沈黙した。
「私が綺麗でいることは、家庭の平和。つまり共有財産への投資。だからあなたが払うのが道理でしょう?」 そんな幻聴が聞こえた気がした。今、我が家で最強の武器は、紛れもなくこのアプリだった。
年貢の取り立てか、非情なる「90:10」の分担
たまには、という義務感(と世間体)から、二人で外食に出かけた際も、アプリは非情なまでの現実を突きつけてきた。
場所は近所のファミレス。会話は、ドリンクバーを取りに行くタイミングの調整のみ。食器が皿に触れる高い音だけが、沈黙のディナーをシュールに際立たせる。 会計は、ひとまず私がカードで済ませた。店を出た後、私はOsidOriの「割り勘・精算機能」を開いた。
平和な世界であれば、デフォルトの「50:50」と表示されるはずの精算画面。 しかし、そこには、目盛りを極限まで振り切ったような数字が刻まれていた。
「夫:90%、妻:10%」

……まさか、である。
私が食べたのは、何の変哲もない定番のハンバーグセットだった。一方で、妻は季節限定の高価なステーキセットと、プレミアムなワインを優雅に堪能していたはずだ。
これは家計管理ではない。年貢の取り立てだ。
私は確信した。この90%という数字には、日頃の不満、育児の労力、そして「お前と一緒に飯を食ってやっているという精神的苦痛」への慰謝料が含まれているのだ。
「異議あり!」と叫びたい気持ちを抑え、数字という形で示された「家庭内カースト」を、私は黙って受け入れるしかなかった。
OsidOriは、こうして残酷なまでのパワーバランスをデジタルデータとして保存していく。
逆襲のレシート:AIを困惑させた復讐
もはや精神の逃げ場を失った私は、ついに一つの「仕返し」を思いついた。使うのは、手書き文字すら正確にデータ化するOsidOriのAIレシート機能だ。私は夜な夜な、一枚の「偽造レシート」を捏造した。そして、それを静まり返ったリビングで、ゆっくりと、祈るような気持ちでアプリに読み込ませた。


- 膝のパキパキ音:3,500円
- 「俺」への感謝の気持ち:10,000円
合計:13,500円。 最新AIは残酷なほど有能だった。私のふざけた手書き文字を完璧に解読し、二人の共有ページに「公式な家計データ」として堂々と登録してのけたのだ。
(見たか。これでお前の履歴は俺への感謝で埋め尽くされる!)
だが、勝利の余韻は長くは続かなかった。数分後、私のスマホに非情な更新通知が届く。
共有履歴を恐る恐る開いた私は、その場で膝から崩れ落ちそうになった。私が作成した渾身の明細は、デジタルの闇へ跡形もなく葬り去られ、見るに堪えない「冷酷な真実」へと書き換えられていたのだ。
- 臭い息迷惑料:35,000円
- 雑魚(ザコ)の介護:100,000円
支払元:夫(私)
「感謝」の二文字は「迷惑料と介護」へ上書きされ、支払元はもちろんすべて私。そして何より恐ろしいのは、私の提示した金額が、彼女の指先一つで、当たり前のように一桁跳ね上がっていることだ。一瞬にして13万円を超える負債が確定した。
あまりのインフレ率に戦慄し、思わずリビングの対角線に座る彼女の顔を見た。
だが、妻は一度もこちらを見ることなく、ただ静かに、就寝前の白湯を啜っている。湯気の向こう側にあるその横顔は、一切の感情を排した永久凍土のようだった。
結末:氷点下の家計簿に灯った、不器用な「共存」の証
深夜、私は一人、共有履歴を遡っていた。スクロールする画面には、これまでの小競り合いとは無縁の、奇妙な記録が並んでいた。
私が寝込んだ日に妻が買った「ゼリー飲料」。 二人で出し合った「子供の月謝」。 そして、仕事で大失敗した日に、なぜか家族口座から支払われていた「少し高いビール」の記録――。
私たちは、リビングで語り合うことはない。目標貯金に呪いをかけ合い、履歴上で「排出税」をなすりつけ合う、冷え切った共犯関係だ。それでも、このOsidOriの画面の中には、私たちが「家族」というシステムを維持し続けている証拠が、淡々と刻まれていた。
「仲良くはない。でも、共に生きている。」
愛が乾ききった家庭であっても、電気代は払われ、子供の将来は守られ、誰かが「膝の音」と書いたレシートを読み込ませる。その「最低限の連携」を、感情を介さずに、あるいは高度なネタとして支えてくれる。それこそが、このアプリの真の救いなのかもしれない。
OsidOriは、仲良し夫婦をより仲良くする。 そして、あまり仲のよろしくない夫婦には、「多くを語らずとも家庭運営という業務を、シュールな笑い混じりに遂行できる」というシステムを提供してくれる。
私は、履歴に残った「雑魚の介護:100,000円」を無言で受け入れ、スマホを閉じた。
シベリアの夜は、今日も静かに、そしてデジタルに、最高にバカバカしい記録を刻みながら更けていく。
【編集部より】
さて、あなたのご家庭の「気温」は何度でしょうか?
南国の楽園であれ、氷の要塞であれ、生活を維持するための「インフラ」は等しく必要です。愛があっても、なくても。まずは数字で繋がる一歩から始めてみてはいかがでしょうか。